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ないものねだりのろくでなし

小説「いままででいちばんさいていのクリスマス」



あの話を聞いてから、私の中の思い出はたったひとつの後悔に変わりました。いまでも、あの人の襟や靴や指先など鮮明に思い出せるので、心臓を地面に向かって引っ張られているような気がたまにします。つい先達ても静かな姿を見て少しばかり会話はしましたが、あの人は相変わらず飄々として悄然としていて、ただ笑顔は見れませんでした。

私はあの人とよく笑いました。猫のような耳になり振り向いてくすくすと笑うのや、怠惰に煙と吐き出すのや、久々に会った時は一層目をきらきらさせていて、私はそれがなんだか恥ずかしいような、嬉しいような、そういう素直なものにずっと触れられずにいました。自分の素直なものだってそっと心の中にしまいこみました。だから私は今でもあの人のかわいらしい笑った顔を思い出すのです。

私にとってあの人の言葉は世界がしっくりと変わってゆくようなものでした。私は爪を赤に染めました。私はどうしても女でした。私がもし男の子だったら。私たちは親友になっていたのじゃないかしら。私はあの人のすべてを、わかってあげられるような気がしたし、あの人は私のことをわかってくれているんだと安心していました。ふともたれ掛かるといつもすっと気持ちの深くを掬ってくれました。

しかし私は臆病すぎていたし、あの人も怠惰でした。爪の赤だけがほんとうでした。

今もそれは変わらず、私の中で私の支えになっていて、ですがたまに会えばあの人は同じ目の色でも、てんで暗澹としているような、ちっとも、楽しくなさそうな、私は胸の下あたりがざわざわとするのです。