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ないものねだりのろくでなし

書を捨てよ町へ出よう



「書を捨てよ町へ出よう」 ATG制作 寺山修司


主人公は冒頭で「誰も俺の名前を知らない」とつぶやく。次第にそれは苛立ちを交えながら叫びに変わっていく。彼は退屈な毎日からとにかく疾走したいと思っている。しかし自分でも自分のことがよくわからず、何をするでもなくただ日々を過ごしている。

 そんな彼にいつも様々な人物が関わっている。父は息子から金を借りて返さないでいるが、父にそんな口をきくななどと言ってあくまで父として接してくる。同様に先輩は先輩、娼婦は娼婦として彼に接する。そして彼も父親には子ども、先輩には後輩として接する。それぞれが強いエゴを持ちながら、自分が決めつけた役割を果たそうとしている、または果たしているのだという妙な自信を持っているのだった。一見かみあっていないようだが、これが彼の過ごしている退屈な日常である。

 しかし私は、役割など関係のないところで、二人にしかわかるはずのない、その場の一瞬の関係がおそらく存在するのではないかと感じた。例えば、娼婦に爪を切ってもらい、父親に髪を切ってもらうことは、とても美しい場面だったのだ。

 家族や友達などのそういった役割的なものから離れ、ほんとうに個人と個人との人間関係が存在するという点に注目すべきだろう。家族や友達と同じように、書物は見ず知らずの人々が同じ思想を持つことを可能にした。その書物を捨て町へ出、だれかと関わることで自分を見出したり出来るのではないだろうか。

個人的に、主人公にはたいへん共感できました。